“ピーター・シスの闇と夢” 練馬区立美術館

 練馬区立美術館で、今月23日から始まった “ピーター・シスの闇と夢” を24日(金)に見に行ってきました。平日ということもあり、無理なくソーシャルディスタンスを保つことができ、ゆったりと鑑賞することができました。

練馬区立美術の森緑地入り口
ネリビー(ナガクラトモコ 作)と緑のクマ(鞍掛純一 作)がお出迎え

会場は三つのフロアに分かれていてテーマ分類もされており、とても見やすかったです。

  • 【第1章「かべ」のなか】
  • 【第2章 自由の国】
  • 【第3章 子どもたちのために】
  • 【第4章 追求の旅】
  • 【第5章 夢を追う】

作品数も十分あり、満足できる素敵な展覧会だと思いました。ということで今回は、展覧会の会期とわたしの感想を含めた解説を書いていこうと思います。

ピーター・シスの闇と夢 基本情報

美術展のチケット

 “ピーター・シスの闇と夢” は、絵本作家ピーター・シスが描いたアニメーションや絵本の原画、絵コンテ、スケッチなどを展示した展覧会です。

 美術館へお出かけの前に必ず練馬区立美術館のHPをご確認ください。特にトップページのスライダーから、または同じくトップページにある《おしらせ》にある 【重要】ご来館前に必ずお読みください に目を通す事をお勧めします。

ピーター・シスの闇と夢

練馬区立美術館 https://www.neribun.or.jp/museum.html

会場:練馬区立美術館
会期:2021年9月23日(木・祝)~11月14日(日)
休館日:月曜日
開館時間:10:00~18:00 ※入館は17:30まで
観覧料:一般1,000円、高校・大学生および65~74歳800円、中学生以下および75歳以上無料

練馬区立美術感HPより引用させていただきました。その他の料金に関して美術館HPにてご確認ください。

ピーター・シスの絵本との出会い

 ピーター・シスさん(以降シス/敬称省く)は、絵本作家、イラストレーターとして世界的に有名な人物です。本がお好きな方ならば、書店でシスの絵本を見かけたことがあるのではないでしょうか?「持ってる」という方は、あまり多くないかなと思っています。

 わたしが始めてシスを知ったのは “三つの金の鍵” という絵本を手に取った時です。どこの書店かはハッキリ覚えてないのですが、たぶん日本橋の丸善だったと思います。当時わたしは絵本にさほど興味を持っていなかったので、画集を物色していた時に目に止まったのだと推測します。

絵本の表紙
“三つの金の鍵”表紙

平置きされていた “三つの金の鍵” の表紙絵に目を奪われ、ページをペラペラっとめくり「すごい!」と感動しました(もちろんそのまま購入)。奥付を確認したところ2005年の発行だったので、わたしがシスを知ったのはその頃かと思います。

しかし、それよりも前にシスの絵を見ていたことに、本展を見て気付いたのです。

映画 “アマデウス” のポスター

 日本での公開が1985年の映画 “アマデウス” 。この映画ポスターはシスがデザインしたものだったのです!

全然知りませんでした、勉強不足です。「今頃何を言ってる!」というシスファンは大勢いらっしゃると思いますが、わたしはまるで気が付いておりませんでした。

開いた状態の図録
“ピーター・シス闇と夢”図録内の映画『アマデウス』の資料

あらためて見てみれば、両手を広げた人物の下に広がる街並みの表現はシスそのものです。“三つの金の鍵” を見て “アマデウス” のポスターと繋げられなかった…。なにごとも注意深く観察しなければいけませんね。

プラハのピーター・シス

 ピーター・シスは1949年5月11日、チェコ(当時はチェコスロヴァキア)のブルノで誕生、3歳からは首都のプラハで暮らし、その後アメリカへ亡命します。

 シスが暮らした時代のプラハは第二次世界大戦の闇から抜け出していませんでした。冷戦時代の共産党統治下であった当時のチェコは、西欧から分断され自国外の様々な情報を知る自由さえなかったのです。想像さえも抑え込まれてしまう国から自由が許される国へシスが移り住んだのも、アーティストとして何ら不思議な点は無いと思います。

 シスはプラハ工芸美術大学在学中から できる範囲での表現を続けていました。西側から密やかに浸透してくるポップカルチャーに心を踊らせ、ロックバンドを結成したり、ラジオDJや音楽ジャーナリスト、レコードカバーやポスターのデザイン、そして映像作家である父親の影響もあると思いますがアニメーションでの表現を手掛けていました。それによりシスは何度も厳しい検閲を受けたそうです。

秘密警察に怯えながらも 自分のやりたいことを抑えなかったシス。仮に同じ状況下にわたしが居たとしたら、シスのように行動できたでしょうか?想像不可能な世界です。

図録の表紙
“ピーター・シス闇と夢” 図録(カバーなし)

 チェコでの少年時代をテーマにした絵本 “かべ – 鉄のカーテンのむこうに育って” は、色彩を効果的使った作品で、原画を見ているだけで(文字がなくても)確実にストーリーを受け止めることができます。展覧会図録の表紙は、この物語の一場面なのです。

ニューヨークのピーター・シス

 アメリカへ移住後、絵本作家としての活動が始まります。ニューヨーク・タイムズ紙の書評挿絵を描いていたことがきっかけのようです。また、それ以外にも様々な仕事の依頼を受けています。

2001年にはニューヨーク都市圏交通公社(MTA)から地下鉄社内用のポスターデザインを頼まれました。マンハッタンをクジラに見立てたデザインはユーモラスで車内の人たちの心を和ませたことでしょう。

その時の作品 “Whale”(“くじら”)が美術館入り口のガラス壁に貼られています(もちろん館内に実物の展示もあります)。

練馬区立美術館のガラス壁
美術館の外から見ることができる『Whale』

 ニューヨークでいくつもの絵本を描き続けているシスですが、わたしが持っている “三つの金の鍵” は、アメリカで生まれたシスの娘マドレーヌ(かわいらしい名前です!)に、故郷プラハを知ってもらうため構想を始めたという素敵な絵本なのです。

シスは他にも娘マドレーヌ、息子マテイに物語を贈っています。今までの精神的で哲学的な物語だけでなく、子供たち目線の絵本を手掛けるようにもなりました。アメリカに受け入れられ、さらに子供たちの誕生によって新しい視点を得ることができたのです。

また、子供たちだけでなく、大人たちに向けた絵本も制作しています。

大人にも想像の自由を

 本展にも展示がある “The Conference of the Birds” (“鳥の言葉”)は、12世紀ペルシア神秘主義の詩人アッタールの代表作『鳥の言葉』を描いた大人向けの本、という解説がありました。

 それまで画面内にたくさんの細々とした情報が描き込まれ、あらゆる音や言葉が行き交っているように感じるのが ひとつの特徴だったシスの絵。一方 “鳥の言葉” では、何かを象徴しているような風景や図像、それのみが描かれているシンプルな画面、シーンと静かな音のない世界を感じます。

会話する鳥のイラスト

 シスはこれまで鳥の他に、色彩豊かな数枚の絵を翼にした人力飛行機、飛行船、蝶など、翼のあるもの(飛ぶもの)を描いています。ここから誰もが考えるのは(図録にもありますが) “自由” そして “広い視野で見る” ではないかと思います。

大人は様々な経験を重ねてきたからこそ、己の持論に偏りがちになります。しがらみや邪念を捨てて広い視野で世界を見つめ、自分で自分の自由の意味を探せ!という大人へのメッセージなのだと思っています。

円環の謎と魅力

 シスの作品を見ていると、あちこちに数種類の円環スタンプが押されていることに気がつきます。それは落款のような役割で押されたものもあれば、装飾として押されたものもあったりで、とても魅力的なのです。

スタンプのイラスト

これらは曼荼羅や法輪と思われるのですが、おそらくシスの父ウラジミールがチベットから持ち帰ってきた “赤い箱” の中にその答えがありそうです。

シスは “赤い箱” のことも絵本にして、タイトルは “Tibet: Through the Red Box” (チベット:赤い箱のひみつ)です。正方形の画面から曼荼羅を意識していることが分かります。

 “御朱印” に押された印章やパスポートに押された出入国のスタンプなど、何故だか人は “型押し” に心を惹かれ、ロマンを感じてしまうようです。シスもきっとそうなのかもしれません。

さいごに

 本展はアニメーションや絵本の原画、絵コンテ、スケッチなどの展示なので、誰もが楽しめる素敵な展覧会だと思います。コロナ禍でギュッと縮こまってしまった心も、シスの絵を見ることで少しだけ緩み楽になれるかもしれません。

また、ミュージアムショップにはシスの絵本も置いてありました。気に入った絵本を一冊見つけて、お家でもピーター・シスの世界を満喫してください。

参考資料

“ピーター・シスの闇と夢” 図録 2021年10月10日発行 株式会社国書刊行会
“三つの金の鍵” ピーター・シス 著 2005年3月25日発行 BL出版株式会社