A-hoj! 2026国際人形劇フェスティバル
こんにちは、OKUAKI STUDIO です。8月の3日、4日、5日と三日間連続で人形パフォーマンスを見てまいりました。

人形劇団のプークさんが主催する “A-hoj!” という国際人形劇フェスティバルで上演される演目の内、『シンデレラ』と『フロム・ザ・ブルー』と『たったひとりのコメディ』を鑑賞いたしました。
プーク人形劇団は誕生55周年記念の年なのだそうです。なんだか小さい時に連れていってもらったような気がするけれど、定かではありません。あと45年で100年です!続いてほしいので、こまめにプークの人形劇を見に行こうと思います。
Zaches Teatro “Cenerentola"
イタリアのザッケス・テアトロによる『シンデレラ』です。冒頭、小屋のようなシルエットの上で三羽のカラスがガーガー鳴いてお話をしています。この三羽は灰の精霊チェネリーネで、以降物語の語り手となります。時折日本語を交え笑いを誘い、暗くて怪しいけれど ほんのりユーモアのある世界へわたくしたちを誘ってくれる存在なのです。
このシンデレラの物語はいわゆる王子さまに見染められてハッピーエンドなのではなく、シンデレラが自分の意志でかまど小屋から、そして宮殿からも脱して真の人間になる!という流れ。なので意地悪なお母様やお姉様は声だけ、王子さまはシルエットだけ。シンデレラにとって彼らは単なる踏み台であり、いてくれて助かった程度の どうでもいい人たちなのです。

舞台は映像的で光の使い方に魅力を感じました。光はシンデレラの内面を表していると思います。特にかまど小屋での彼女は常に不安定で、広がったり縮まったり拡散したり浮遊したりする光はシンデレラの心そのもです。見ているわたくしたちも心の平穏が崩れていくような感覚に襲われます。
シンデレラの人形は無表情で薄汚れています。馴染みのあるプリンセスなシンデレラではなく、まさにアート作品としてのシンデレラです。わたくしの近くに座っていた子供たちは、たぶん序盤には「期待していた劇と違う」と感じていたと思われますが、中盤からは前のめりで釘付けでした。
Gaia Teatro “From the Blue"
ペルーのパフォーマー Ines Pasic による『フロム・ザ・ブルー』は、人形と自身の体の一部を使ったノンバーバルの世界。幾つかの演目で構成された55分間は、ある時は抒情的であり、またある時は喜劇的でありました。わたくしたち観客は、その移り変わる空気感に戸惑うことなく巻き込まれていきました。

中でもわたくしは手を鳥の羽のように用いた作品に魅了されました。親指に人形の頭部のみを装着して、残り4本の指をピタッと揃えて羽を表します。
羽を持つ女性がゆっくりと柔らかく羽ばたき、滑らかに空を移動し続けます。しばらくするとモアイのような白い頭部の男性が出現、二人は並んで羽ばたき始めます。そして絡み合うように高く空を上り、少しずつ降下し重なり合います。もはや演者のイネスさんの顔は見えていないものと化し、舞台は愛する喜びに満ち溢れていました。
公演後イネスさんが観客からの質問に答えてくれる時間が設けられました。彼女は大変アーティストらしい考えを持った人でした。自身の感受性に重点を置いているようで、インプットしたものをそのまま手の動きへと移行させていくのだ、と語ってくださいました。余計な知識や損得で自分の作品を飾りたてたりしない、アーティストとして当たり前なのかもしれないけれど、意外と難しいことでもあるのです。
Guillem Albá “MA SOLITUD"
『たったひとりのコメディ』は Guillem Albá による終始笑いに満ちたパフォーマンスでした。
開演前から “ギレム劇場” は始まっていました。なにやら平たく四角いものを小脇に抱えギレムさんが客席に現れました。「あ、もう始まってるのか!」と思っていたら、なんと!入って来るお客さんに「ここ空いてるよ」って感じで席へ誘導していたのです。
ギレムさんはまん丸お目目とくるくるパーマにおヒゲ、パフォーマーとして完璧なルックス。わたくしの前の席にちょこんとお座りになった時、「こんにちは〜」と小声で挨拶してみたら、にっこり笑顔で答えてくれました!
すっかりギレムさんのファンになったわたくしは、罠にハマっていることを承知の上でユーモア満載のギレムさんのパフォーマンスを楽しみました。

ギレムさんが公演前に抱えていたのは小道具のLPレコードでした。そのレコードから流れる音楽に合わせてチャーミングにリズムを取ったり踊ったり、パペットとの愉快な絡み、気の利いた小道具、「ギレム劇場は終わらない!」と思ってしまうほどでした。
時間を共有する楽しみ
三つの演目を鑑賞し終えて思ったのは「やっぱり舞台っていいな」というものです。全くもって面白みのない言葉なのですが、なんとなく「空間と時間を共有しているのだ」という楽しみがあるのです。
わたくしは今、あえて人と関わる場面を楽しんでいます。お買い物もなるべく実店舗で、支払いも有人があれば有人レジを選んでいます。自分以外の人たちと一定時間を共に過ごさなければならない映画館での映画鑑賞も大好きです。美術館やギャラリーにも必ず誰か他の人がいます。人気のある展示では思うように作品を鑑賞できないこともありますが、それも含めてわたくしの記憶に刻まれ、特別な思い出になるのです。これらがデジタル文化に追いやられ消えてしまうことはないでしょう。楽観的かもしれませんが、わたくしは心の底からそう思っているのです。






